フィリピンの大学に留学した日本人の体験記|出願から卒業まで

こんにちは、ユキです。私はバギオの語学学校で英語を学んだ数年後、同じバギオにあるコーディリエラ大学(University of the Cordilleras)に入学し、卒業しました。

フィリピンの大学留学をひと言で表すと、「安い・英語で授業・しっかり勉強できる」です。この記事では、私がなぜフィリピンの大学を選んだのか、大学選び・出願・入学手続き・家探し・入学初日・在学中の毎日・卒業まで、体験した順にお話しします。

手続きの流れや学費の目安、大学の一覧など、フィリピンの大学正規留学の全体像は「フィリピン大学留学ガイド」にまとめています。

※ここに書いているのは、私が出願・在学していた当時の体験です。入試の中身や必要書類、学費は大学や年によって変わるので、最新の情報は各記事でご確認ください。

なぜフィリピンの大学を選んだのか

緑の多いバギオの街並み
▲ 緑の多いバギオの街並み

私は19歳のころ、初めてフィリピンに来て、学園都市バギオの語学学校で半年間英語を勉強しました。それまで何のスキルもなかった自分が、半年でここまで英語を伸ばせた。その結果が大きな自信になり、「身に付けた英語を使って、海外で仕事をしたい」と思うようになりました。

選んだのはカナダとオーストラリアです。ワーキングホリデーで2か国に約1年半滞在し、旅行会社の現地支店での仕事や日本食のお店の立ち上げなど、いろいろな仕事をしました。英語で書類を書いたり、役所の担当者と粘り強くやり取りしたり。初めての経験ばかりで、毎日がとても刺激的でした。

ところが、オーストラリアにいる間に重い皮膚の病気にかかり、やむを得ず日本へ帰国しました。志半ばで帰ることになり、この先どうしようかと本気で悩みました。

帰国後は通院しながら日本の会社で働きましたが、2年ほど経ったころ、自分にできることの限界が見えた気がしたのです。面接で「あなたは何ができますか」と聞かれても、私は「誰よりも早く動けます」としか答えられませんでした。

これではだめだと気づき、「大学で勉強しよう」と決めました。大学で専門分野の知識を体系的に身に付けて、英語を使って仕事をする。それが私の次の目標になりました。

せっかくなら英語で学びたいと、アメリカ・イギリス・カナダの大学をネットで調べ続けましたが、どうやっても学費が払えません。当時の貯金は300万円に届かないくらいでした。

途方に暮れていたある日、ふと頭に浮かんだのが、かつて半年間過ごしたバギオの緑の多い街並みでした。「そうだ、フィリピンの大学がある」。暗闇に一筋の光が差したような気持ちで、すぐに入学日を調べ、準備を始めました。

大学選び:バギオの大学を実際に見て決めた

私が大学を探していたころは、フィリピンの大学の情報はネットにほとんどなく、大学のホームページくらいしかありませんでした。だから私は、実際に見学してから大学を決めることを強くおすすめします。

私は語学学校に通っていたころ、フィリピンの大学を出た講師たちから大学の話をたくさん聞いていました。バギオ市内には大学が7校あり、そのうち街の中心から通いやすい4校を実際に見学して回りました。

大学の見学は意外と簡単

大学に直接行き、入口の警備員に「入学を考えているので、中を見学したい」と伝えるだけです。英語は「I am planning to enroll here. May I see inside?」くらいで十分でした。

入口でゲスト用の名札をもらえば、あとは自由に見て回れました。

見学で確かめておきたい7つのこと

  1. 英語で授業をする決まり(English Policy)があるか(ない大学では、授業がタガログ語で行われることもあります)
  2. 大学や学生の雰囲気、校風
  3. 立地(街の中心に近い大学の方が、やはり便利です)
  4. 授業料
  5. 学びたい学部・コースがあるか
  6. 外国人の学生の数
  7. カリキュラム

当時は、どれもネットでは見つからない情報ばかりでした。見学のときに、大学の職員に直接聞いてみてください。

私がコーディリエラ大学に決めた4つの理由

コーディリエラ大学の校舎
▲ コーディリエラ大学(バギオ)の校舎
  • 外国人の学生が比較的多い
  • 宗教色が強くない
  • 自分の学びたいコースがある
  • 街の中心にあって通いやすい

この4つがそろっていたので、コーディリエラ大学に決めました。キャンパスには英語を使う決まり(EOP)がありましたが、当時は徹底されているとは言えませんでした。外国人の学生は、アジアや中東の出身が中心でした。

コーディリエラ大学の学費や学部は、コーディリエラ大学の紹介ページにまとめています。

出願の準備:書類集めがいちばん大変だった

日本で用意したのは、高校の卒業証明書・高校の成績証明書・戸籍謄本の3つです。数だけ見れば少ないのですが、すべて英語にしたうえで、公的な認証を受けたものでなければ受け付けてもらえませんでした。

まずは英訳です。公文書の翻訳は素人には難しいので、業者に頼むのが確実です。そのうえで当時は、日本の役所や外務省、フィリピン大使館での認証(いわゆる「レッドリボン認証」)が必要で、私はこれを全部自分でやりました。何度も窓口に足を運ぶことになり、出願から入学手続きが終わるまでに、日本とフィリピンを何度も行き来しました。本当に大変でした。

書類の認証の手続きは、年によって変わることがあります。今の必要書類と手続きの流れは、フィリピンの大学の入試制度と申請書類の記事で確認してください。

代行サービスや、フィリピンの大学留学に詳しいエージェントがあるなら、「お金がもったいない」と思わずに使うことをおすすめします。一人でやろうとすると、わからないことだらけで、時間もお金も相当むだにしてしまいます。エージェントの選び方は「エージェントは使うべき?」の記事にまとめています。

23歳で、ふたたびバギオへ

バギオのバス乗り場
▲ バギオのバス乗り場

書類をそろえて、いよいよフィリピンへ。到着してすぐ、不安に駆られました。

「帰りたい」「なんで来てしまったんだろう」「現地の大学になじめるのかな」

そんなことを思いながら、大学に向かいました。当時23歳。日本なら同世代は大学を卒業し、新卒で働き始めているころです。それでも、留学時代の懐かしい街並みを歩くうちに、「やっと、スタート地点に立つための旅が始まる」と、じわじわ嬉しさがこみ上げてきました。

入学日を調べたら、1か月前には現地に入っておくのがおすすめです。このあとの入学手続きと家探しに、思った以上に時間がかかるからです。留学生のビザについては大学留学のビザの記事にまとめています。

入試と入学手続き

入試の中身は大学によって違う

入試は大学によってさまざまです。外国人は試験なしで入れる大学、英語力を測る試験だけの大学、数学や英語、時事問題まで出る難関大学もあります。出願する大学に必ず確認してください。

私の大学の入試は、英語・数学・一般常識

私が入学した大学の試験は、次の3つでした。

  • 筆記の英語テスト(TOEICのような形式)
  • 簡単な数学(高校1年生くらいのレベル)
  • 一般常識(日本のことではなく、フィリピンや世界の話題が中心)

どれも英語で出題されました。試験の日は、アフリカやアラブ、中国や韓国から来た学生が20人弱いて、「こういう人たちと一緒に勉強するのか」と思いながら、教室で落ち着いて受けました。試験は入学手続きの日に受けることが多く、合格しないと手続きが先に進まない、という流れのようです。

入試がやさしくても、入学すれば授業を英語で聞き、英語で答え、最後は英語で論文を書きます。入学前に英語はしっかり勉強しておくべきです。

事務所をたらい回しにされた入学手続き

大学に提出した手続きの書類
▲ 大学に提出した手続きの書類
コーディリエラ大学の入口
▲ コーディリエラ大学の入口

入学手続きには、1週間くらいかかるつもりでいてください。手続きの日(入学日の1〜2週間前が多いです)が決まっているので、まずは大学に行き、手続きの日・必要な書類・試験の日・学部とコースを確認しておきましょう。

私の場合はこうでした。まず大学の事務所に行き、入学したいと伝えます。英語には自信がありました。

事務所の人①:「わかった。じゃあ次は、この事務所に行って書類を書いてきてね」

急いで次の事務所へ行き、用件を伝えました。

事務所の人②:「あ、ごめんね。その書類はここじゃないの。あっちの事務所に行ってみて」

ユキ:「え、そうなの……」

そういうものかと思いつつ、言われた次の事務所へ。

事務所の人③:「あ〜その書類ね。今は担当がいないから、明日来て」

ユキ:「え! そんなことある!?」

仕方なくその日は帰り、次の日にまた行くと――

事務所の人③:「おはよう〜。じゃあ手続きしておくから、また明日取りに来てね」

ユキ:「明日!? どれだけ待たせるの!」(心の声です)

その後もたらい回しと待ち時間が続き、ようやく入学手続きが終わりました。ここまで来ただけで、ものすごい達成感でした。

家探しと、フィリピンでの一人暮らし

家探しは、現地の人に助けてもらうのがいちばんです。私は以前バギオにいたので、現地の友人に手伝ってもらいました。当時は、知り合いがいなければ、ネットで調べるか、街の人に聞いて回るしかありませんでした。バギオの人は本当に親切なので、聞けば助けてくれました。

当時、一人暮らしをしているフィリピン人の学生は、月6,000〜10,000円くらいの部屋に住んでいました。トイレがない、お湯が出ないのも当たり前というレベルです。私も最初の数か月はそういう部屋に住みましたが、あまりに大変で、その後は月3万円くらいのアパートに移りました(金額はどれも当時のものです)。

勉強以外のことに気を取られると、肝心の勉強に力を注げません。少し高くても、自分が快適に過ごせる部屋を探すことをおすすめします。部屋の探し方は「失敗しない物件の探し方」の記事にまとめています。

語学学校の寮とは、まったく違う

語学学校なら、部屋にシャワーとトイレがあり、お湯も出ます。黙っていても食事が出てきて、洗濯も掃除もスタッフがやってくれる。困ったことがあれば、日本人スタッフにすぐ相談できます。

一人暮らしには、そのどれもありません。お湯が出る家は家賃が高く、トイレもレバーをひねれば流れるものばかりではありません。お米の種類が違うので炊くのも難しく、日本のように何でもそろうコンビニもない。飲み水は定期的に買う必要があり、ひどいときは3日以上、電気や水が止まることもありました。

バケツで手洗いする洗濯物
▲ 洗濯はバケツで手洗い

最初にやっと見つけた家にはシャワーがなかったので、蛇口の水を大きなバケツにため、毎朝4時に起きて1時間ほど電熱線で温めてから、その水で体を洗う毎日でした。洗濯機もなく、洗濯はすべて手洗い。人生で初めて洗濯板を使いました。

まず「ここは日本ではない」と心の準備をしておくことが大切です。住まいのことも、日本と同じ感覚で探すと私のようにかなり苦労するので、詳しいエージェントに相談するのもひとつの方法です。

大学入学初日

フィリピンの大学の教室
▲ 大学の教室

何もかもがドキドキでした。早すぎるくらいに大学に着き、自分の時間割の教室へ。日本の教室とは雰囲気も見た目も少し違い、戸惑いながらいちばん前の席に座りました。入ってくるクラスメイトは、みんなタガログ語でおしゃべりしています。私はまったくわからず、蚊帳の外です。

しばらくして、先生が入ってきました。

先生:「Good morning, everyone!」
クラスメイト:「Good morning, Ma’am.」

先生もバリバリの英語です。海外生活が2年近くあった私でも新鮮で、驚きました。出席確認のあとは自己紹介の時間。名前、専攻、年齢、出身地……みんな英語でスラスラ、しかも堂々と話していきます。そして、私の番が来ました。

先生:「Yuki? What country are you from?」
ユキ:「I’m from Japan!」

「どうしてフィリピンの大学に?」

クラスメイト:「え、日本人なの?」(ざわざわ……)

どうやら私は、この大学で初めての日本人学生だったようで、とても驚かれました。在学中にいちばん多く言われたのが、次のような言葉です。

  • 「日本のような進んだ国の大学に行かずに、どうしてフィリピンの大学に来たの?」
  • 「日本人はお金持ちだから、選択肢がたくさんあってうらやましい」
  • 「私が代わりに日本に行って勉強したい」

クラスメイトたちは、親が必死の思いで大学に通わせてくれていることをよく分かっていました。だから、みんなとても勤勉です。日本人として、考えさせられることがたくさんありました。

初めてだらけの初日を何とか終え、少し若返ったような嬉しさと、これからどうなるんだろうという不安の両方を感じていました。

在学中の毎日

学食に集まる大学生たち
▲ 学生でにぎわう学食

専門用語とタガログ語に苦労した

最初はわからないことだらけでした。学問で使う英単語の知識が足りず、専門用語が次々に出てきて、ちんぷんかんぷん。授業の進め方も日本とはまったく違い、本気で「これは落第するんじゃないか」と思っていました。

さらに困ったのが、授業が時々タガログ語で行われることです。大学に入るまでタガログ語に触れたこともなかった私は、講義の内容も先生の指示もわかりませんでした。友人に「とにかくこの文章を全部丸暗記して!」(もちろん全部タガログ語)と言われ、何とかテストを乗り切ったこともあります。一時期はタガログ語もかなり本気で勉強しました。今となってはいい思い出です。

授業が終われば、クラスメイトどうしの会話もタガログ語です。大学選びのときに英語を使う決まり(English Policy)があるかを確かめておきたいのは、このためです。

助けてくれたクラスメイト

第二次世界大戦のとき、フィリピン、そしてバギオは、日本軍と米軍が戦った場所でもあります。そうした歴史もあって、日本人に複雑な思いを持つ人もいると、私自身は感じていました。

そんな中で、何人もの心の温かいクラスメイトが、困っている私を助けてくれました。「ユキ、昨日出た宿題は終わった?」と毎日のように連絡をくれて、本当に嬉しかったし、助かりました。特に最初の3か月は助けられてばかりで、そのときの友人は今でも一生の親友です。

月曜から土曜まで、朝から夜まで授業

窓際で課題に取り組む大学生
▲ 窓の外にバギオの街が広がる学習スペース

授業は月曜日から土曜日まで、毎日朝から夜まで。課題は毎回のように出て、「次の授業で小テストをします」も日常茶飯事です。家に帰ったら夜中まで課題と復習で、日本の大学のようにアルバイトをする暇はありませんでした。クラスメイトとグループ課題に夜通し取り組んだこともあります。

授業はプレゼンテーションとディスカッションが中心で、日本の大学にはあまりない、アウトプット中心の授業です。教科書や授業の内容はアメリカのものがもとになっています。専攻も日本より細かく分かれていて、マネジメント、マーケティング、起業、国際経済、ファイナンシャルマネジメント、観光など、本当にいろいろありました。

私の大学は2学期制で、学期ごとにテストが3回あり、その合計で成績が決まりました。

ある1日のスケジュール

在学中のある1日は、こんな感じでした。

時間過ごし方
6時起床
8時登校・授業
19時授業が終わって帰宅
23時課題や復習
0時半就寝

かなりタイトな毎日でしたが、今振り返ると、人生でいちばん充実していた時間です。日曜日は基本的に休み。部屋の掃除と1週間分の食事の作り置き(冷凍保存)をして、昼からはお気に入りのマッサージ店へ行き、夜は友達と外食。そんな毎日でした。

卒業時の成績は学内8位

長かった大学生活もついに終わり、卒業時の成績は、なんと学内8位でした。自分で言うのもなんですが、本当に毎日頑張りました。

フィリピンの大学に入ってよかったこと

フィリピンの大学の学生たち
▲ フィリピンの大学の学生たち
コーディリエラ大学の校舎
▲ 私が通ったコーディリエラ大学

結果論ではありますが、私はフィリピンの大学に入って本当によかったと心から思っています。理由は次の4つです。

  1. 学術的な専門知識が身に付き、しっかり勉強できた(アメリカの教科書で、自分の専攻をたくさん学べました)
  2. 学費も生活費も安く、自分で貯めたお金で海外の大学留学を実現できた
  3. 学問で使う英語力が、知らないうちにかなり付いた(英語で論文が書けるようになり、プレゼンで自分の意見を英語で言えるようになりました)
  4. たくさんの素敵な出会いがあった

現地の学生とグループプロジェクトで毎日夜中まで一緒に作業した日々は、かけがえのない宝物です。生活環境も人も食べ物も、勉強のしかたも習慣も、日本と同じところはひとつもなかった気がします。それでも、一人では生きていけない環境だったからこそ、たくさんの人の輪ができました。何より、フィリピンとバギオという街が心から好きになりました。

これからフィリピンの大学を目指す方へ

手続きは確かに大変でした。だからこそ、しっかり下調べをして、余裕を持って準備することがいちばん大切です。そして、使えるサービスや助けてくれる人には、遠慮せずに頼ってください。遠慮して最後に困るのは自分です。フィリピンの人は優しいので、困ったらどんどん聞いてみてください。

日本の大学に行っていたら経験できなかったこと、出会えなかった人たちがいます。今こうして充実した毎日を送れているのも、あの選択があったからだと思います。皆さんのフィリピンの大学留学という選択が、将来の素敵な人生への第一歩になることを心から願っています。

正規留学の全体像は「フィリピン大学留学ガイド」、学費と生活費の目安は「フィリピン大学留学の費用」の記事にまとめています。

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この記事を書いた人

フィリピン留学Hub代表。2013年からフィリピン・セブ島留学の支援を続けて13年。自身も2度のフィリピン留学を経験し、TOEIC900・IELTS6.5を取得。

語学学校70校以上を現地で視察し、年間1,000件以上の留学相談に対応。学校の良い点も弱点も、見てきたまま正直に書いています。